2011年11月4日金曜日

自分が何を望み、どうしたいのか分りません。

 「どう生きたいのか」を見つけましょう。




自分が何を望み、どうしたいのか分りません。どうすれば見つけることができるのしょうか?

この問題は、実に多くの方が抱えている課題です。

この課題をクリアする上で、見落としている点があるので気をつけてください。

・なにをしたいのか
・どう生きたいのか

この2つはまるで違う次元のことですが、自分が何を望んでいるかわからないとき、混同されがちです。

さて、どちらが大事でしょうか?「なにをしたいのか」より、「どう生きたいのか」が羅針盤になります。「どう生きたいのか」は「自分のスタイル」になる課題です。スタイルのいい人、自分のスタイルとは、どう生きたいのかが明確になっている人。つまり自分のスタイルとは、羅針盤です。自分がどこに向かって進むべきかが、分っていると普段から判断と選択が容易になります。

自分のスタイルが、明確ではっきりと意識できていると、働き方も暮らし方も変わります。自分のスタイルにあった判断と選択ができるからです。
人生とは変化のプロセスなので、いつも変化が生じ、判断と選択の連続です。変化を嫌い、選択と判断から逃げて暮らすのは人生を放棄するようなものです。
自分とはスタイルそのもの、つまり魂ですが、身体を借りて表現しています。

たとえば企業も同じです。組織という身体を使って表現します。組織に魂を流し込む作業がコンセプトの浸透です。スタイルの浸透と言い替えることもできます。

さて、「どう生きたいのか」を、どう決めればいいのでしょう。それはそれぞれ自分が決めるしかありませんが、おそらく他者に対してどうつきあうかという問題が絡んでくると思います。

そこで「私はとるに足らない人間だ」「他者になんかできることなんかない」と考える人が多いのも事実です。そこで、「何を望んでいるかわからない」と課題の解決は行き詰まります。でもここからが課題を解決する扉なのです。あなたは扉を開けなければ、また自分から逃避することになります。

怖がらずに扉を開けましょう。
「誰でも人は他者を幸福にできる」のです。
あなたはサンタクロースになれるのです。お金がなくてプレゼントが用意できないと考えていませんか?あなたはサンタクロースと同じように世界中のみんなを幸福にする力を持っています。それは「笑顔」です。

つまり他者を肯定する力があれば、「自分が何を望んでいるかわからない。」とい問題はクリアできます。自分自身を愛情と祝福で満たせば・・・・自分を肯定できます。それと同じように他者を肯定してあげればいいのです。

笑顔は花のように自然に生まれ、他者を勇気づけます。すでにあなたは素晴らしい存在なのですが、やがて、そのことに気がつくでしょう。この段階では、あなたは「そんなわけがない」と抵抗するかも知れませんが、そう考えてしまうのは、あなたが、自分とのつながり、他者とのつながりを「否定感」で分断しているからです。

自分を他者と比較し、自分を卑下している限り、つながりは生まれず、肯定感は生まれません。私は手術した結果、身体に不便があります。少しでもよくなるように毎日運動していますが、そればかり考えるわけにはいかず、気にせずに不具合を受けて入れて暮らしています。自分には、どう生きたいのかがあり、なにをしたいのかがあるからです。思えば「どう生きたいのか」・・・「なれる最高の自分になりたい」という想いは、つらい経験から誕生したものです。それに負けずに跳ね返したいから、どんな目にあっても「なれる最高の自分になりたい」のです。

「あなたに会えて幸福だった」とひとりでも多くの人に言わせたい。それが私の生きた証し。だから「なれる最高の自分になりたい」のです。価値観を作っているのは、その基盤になっている<Be~存在のあり方>の問題、「どう生きたいのか」なのです。すべては「どう生きたいのか」のままに・・・それがあるがままになのです。LET IT BEです。


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